チャイカとデルフィン

 


 チャイカとデルフィンのそばに、最初からいたのはアガーシャだった。
 とても優しい幼なじみだった。同じ顔、同じ性格をした従姉妹たちの言い争いをなだめて、時には泣きながら止めに入った。頭が良く聡明で、少女たちより器用に縫物をこなすのだった。
 隣の家同士だったので、アガーシャは──必然的に──いつもチャイカの近くにいた。デルフィンよりも。

 ある日、デルフィンが遠くに行くことになった。
 期限つきではあったが、しばらくは会えない。やることなすこと敵同士のように「どちらが上か」と争ってはいても、それは血の繋がりがあってこそ。チャイカは泣いて引き留めたが、デルフィンは親と祖父の言うことを聞くしかなかった。
 アガーシャとチャイカは旅立つデルフィンを見送り、そして、三人から二人になった。


 ふいに戻ってきたデルフィンの隣に、見知らぬ者がいた。
 ヴィスナー・モーリェという名で、それはそれは背が高く、凛とした眼差しをした青年だった。
 彼はデルフィンをずっと見つめていた。それで、チャイカにはすべてわかってしまった。──私の従姉妹デルフィンは、もう子どもではないのだと。
 アガーシャとヴィスナーを見比べて、チャイカはため息をついた。
 アガーシャは確かに優しい。賢い。けれど……
 この一年間、変わったのは遠くにいた従姉妹だけではなかったのに、チャイカはデルフィンを恨んだ。妬んだ。
 変わるなら、私が先に変わりたかった。
 アガーシャより強く美しい青年をそばに置いて見せつけて、デルフィンは勝ち誇っているの? 私に見せたかったの? それは子どもの頃の争いの続きなの?
 なぜ私は、他の人とアガーシャを比較してしまうのだろう。
 だからといって、嫌いになれるはずもないのに。


 デルフィンはデルフィンで、とまどっていた。
 久しぶりに会えたのに、なぜか従姉妹はよそよそしい。恋の最中とは言え、ヴィスナーを見せびらかす意図などまったく無く、それどころかヴィスナーが悪戯心で抱きしめてきても突き放してしまう始末だ。それほどに、デルフィンはまだ幼かった。
──ただ、「見つけてしまった」。
 それだけはもう、どうすることもできなかった。


 なかなか歩み寄れない従姉妹同士だったが、ある時チャイカが提案してきた。
 同じ顔だもの、わからないに決まってる。
 髪の長さだけが違っているけれど、帽子で隠してしまえば何とでもなる。お互い、組み合わせを変えて驚かせてみようよ。
 これでまた隔てなく接することができるなら、と、デルフィンも頷いた。少し驚かせて、それで終わり。同じ顔、同じ声。きっと彼らにはわからない。


 ところが、少女たちは思い違いをしていたのだった。
 アガーシャはデルフィンを数秒見つめ、「チャイカじゃないね?」と言った。
 ヴィスナーは、チャイカに首を振って「君はデルフィンじゃない」と言った。
 どうしてすぐわかったの、と少女たちが叫ぶと、少年たちは顔を見合わせて笑った。
 アガーシャは、チャイカの笑顔がいつもと違うからと。
 ヴィスナーは、デルフィンの声が──自分を呼ぶ声がいつもと違うからと。
 少女たちは変わっていたのだ。
 同じ顔をして、同じ服を着ければ親すら騙せた幼い日々。もう帰っては来ない昔。
 たとえば同じ種類の花であっても、色が違うように。
 チャイカが白なら、デルフィンはうすい青。花びらの色が違った。
 たとえば鳥であっても、翼の種類が違うように。
 たとえば夜空の無数の輝きの中、同じに見えても同じ星ではないように……


 当たり前だね。
 当たり前だろ?
 少年たちは、特別な謎解きをするまでもないという顔で言ってのける。
 チャイカはアガーシャと手をつないだ。
 デルフィンは、ヴィスナーと手を取り合った。

──優しすぎるところが、争わず穏やかなところが嫌いだったの。嫌いだと思ってた。でも、間違いだった。私はアガーシャの優しさを見間違えていた。

──まだ、あんまり見つめないでね。返事ができなくなるから。こんなに子どもでしょ、同じ速さでは歩けない。ヴィスナーは大人すぎて、ときどき、こわい。


 恋をしても、同じ恋ではないから。
 同じ人がほしい訳ではないから。
 私を見つけてくれた人、見つめてくれる人。ただひとりの彼と通じ合えれば、それが恋──花咲くまで、彼女たちが彼と育てていくものだから。

 チャイカとデルフィンは少年たちから離れ、笑いながら抱き合った。
 私とあなたは一生、同じ顔。同じ声。双子よりも似ている従姉妹。
 でも、それぞれ違う二人。
 自分の道を歩いていこう。
 大丈夫、この内側に流れる血は同じだもの。挫けたり泣きたい時には、鏡を見るようにそっと話してね。
 私はチャイカ、私はデルフィン。
 私が空を飛ぶ鳥なら、あなたはたぶん海の生き物。
 そう、最初からわかっていた。きっと。
 名前だけは、心だけは取り換えることができないと──

「チャイカ。ほら、いっしょに行こう」
「デルフィン、早く。……嘘だよ。いいよ、ゆっくりで」

 その名を恋人に甘く呼ばれた時、少女たちは知っていたのだ。
 


×
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。